シュシュサロンゲストデー 2021.7.16 第2回 浦部 真実子さん

浦部 真実子さん浦部真実子さんは、シュシュで大人気の「親子リトミック」の先生を長年担当してくださり、これまでに数多くの親子に音楽の楽しさを伝えています。また、ピアノの先生としても荻窪地域でご活躍です。そんな浦部先生が、幼い頃からどのようにピアノや歌の練習に励まれ、先生になられたのか、長い道のりを語っていただきました。将来音楽の道に進もうと考えていらっしゃるお子さんや親御さん、必見です。


♪はーじめまして、ごきげんいかが、おててであくしゅをギュ、ギュ、ギュ♪
今日はよろしくおねがいします!

ーすてきなメロディとともに、いつもこの歌で自己紹介が始まりますよね。シュシュでは「親子リトミック」でおなじみの浦部先生ですが、今日は先生がリトミックやピアノの先生のお仕事に就かれるまでのこれまで、そして現在や未来のお話をお伺いします。

ー先生は、小さい頃からピアノを習っていらっしゃったんですか?
昔、母が幼稚園教諭をしていて、幼稚園でオルガン教室をやっていたので、私はそこでオルガンを触ったのが最初の体験です。昔の小学校にあったような、足で踏んで音を鳴らすオルガンだったかと思います。母は後にピアノの先生になって、たくさん生徒さんがいましたが、私は母から直接ピアノを習ったわけではありません。

シュシュでのリトミックの様子(0歳児よちよちクラス)

シュシュでのリトミックの様子(0歳児よちよちクラス)

ーでは幼少期に習った先生はどんな先生でしたか?
最初にお世話になった先生が、地元でも有名なピアノの先生で、今はなかなかいないタイプのかなり厳しい先生だったんです。例えば「テキストまるごと一冊やってきなさい!」という感じで。でも、よくできる生徒さんはいるもので、私の前のレッスンの生徒さんはきちんと全部やってきていて、そんな子の後に私のレッスンだったもので、母は私にすごく練習させていました(笑)。私ははっきりとは覚えていないのですが、「嫌だ~!」とレッスンをすごく嫌がっていたらしくて、楽しんでピアノを弾く、ということがそこではできなくて…やらされた記憶だけが残っているんです。その時はレッスンが嫌でしょうがなかったのですが、実はそれが、今の自分の原点になっているのではないかと思えています。私が先生になったら、生徒さんに音楽を楽しんでもらえる先生になりたいと思わせてくれた原体験になっているんです。その後、いろいろな先生に習いましたが、中学生になった頃、母がお世話になっていた先生にピアノを教えていただくことになりました。そこでは、ピアノと歌を本格的に習うことができました。

ー幼い頃にピアノの先生が厳しかったときは嫌になってしまったとお話がありましたが、どうして続けることができたのでしょうか?
母が私のことをしばらく放っておいてくれたんです。無理にやらせると精神的に負担になってしまうということで、しらばく経ってから「ピアノやってみる?」と聞いてくれて、優しい先生に習わせてくれました。その先生でピアノの楽しみを見つけたんですが、それでも練習はすごく嫌いでした(笑)。でも、練習は嫌いだけど、弾くことは好きだったんです(笑)。メロディを聞いてそれに伴奏をつけたり、曲のアレンジをするのが好きでした。発表会で人前に出ることや人に聞かせることは苦手だったんですが、弾くことは好きだったので、辞めませんでした。

ーその後、中学生の頃から本格的に音楽を習い始めたというお話でしたが、中学校では部活動などはやっていらっしゃったのでしょうか?
その頃、ピアノや歌の練習をする毎日でしたが、少し運動もしたいと思ったんです。ちょうどその時、友達と女剣士に憧れていたので(笑)剣道部へ入部しました。私は京都府の北部の出身なんですが、冬はものすごく寒くて、雪がさんさんと降りしきる中、剣道の練習をする3年間で、中学3年生のときに1級まで取りました。

浦部さんへシュシュスタッフがインタビューー剣道部を続けながら、ピアノや歌にも本格的に取り組んでいらしたんですね。
そうですね。その頃、好きなことは色々とありました。美術とか…国語も好きで、国語の教員に憧れたこともありましたが、「私が一番やりたいことってなんだろう」と考えると、やっぱり楽しいと思えて、長くやってきたピアノなのかな、と思ったんです。
中学校や高校では“合唱コンクール”のピアノ伴奏をしてほしい、と声をかけられて、学校でピアノを弾く機会が増えたんです。そうすると周囲から「真実子さんは音大(音楽大学)に行くのよね?」なんて言われたりして。中学生の頃からピアノだけでなく歌も専門的に習っていたこともあって、音大を目指そうと思いました。

ー周りからの期待や後押しもあったんですね。
はい。ピアノの先生からは「ピアノ専門の方(音大のピアノ科)」を薦められましたが、私は歌もやりたかったんです。ピアノ科へ行ってしまうと、歌の勉強はほとんどやらないので、ピアノに加え、合唱やソロの歌の勉強と、他の楽器も学べる「音楽教育科」に行きたい!と思いました。
普通、大学受験をするとなると、オープンキャンパスなんかに行きますよね。ピアノの世界はネットワークが狭くて、中学生や高校生でも音大の先生とつながる機会が持てるんです。高校生ともなると、毎年音大の夏期講習や冬期講習に参加できるようになります。私が目指しているのが東京の国立音楽大学だったので、寮や知り合いのお宅に1週間くらい泊まって音大に通い、毎日音大の先生のレッスンや授業を受けました。それはその音大を目指している人のためのプログラムで、参加したからといって必ず受験しなければならなかったり、合格につながったりすることはないのですが、毎年通っていて、国立音大の雰囲気が自分に合っていたので、この音大の音楽教育科に絶対行きたい!と強く思っていました。結局、そこ一本しか受験していないんです。
高校時代は普段の練習と音大通いでとにかく忙しくて、学校の部活動はできませんでした。練習は相変わらずあまり好きではありませんでしたが、練習すればするほど上達することを実感し、それを積み上げていくことが嬉しかったです。

浦部さんインタビュー時ーそして、めでたく希望していた音大の音楽教育科に入学されるんですね。
そうです。大学ではリトミックや幼児の音楽教育の勉強をしましたし、音楽教育全般も勉強して、教員免許を取得しました。卒業時には、幼児のための簡単な連弾のピアノ組曲を作曲しました。曲の中に動物が出てきたりするんですよ(笑)。それが一般の大学の「卒論」に当たるものです。

ー音大はどんなところでしたか?音大卒の方々は、卒業後どんなご職業に就いていらっしゃるのでしょうか?
ドラマや映画にもなった音大が舞台の漫画、『のだめカンタービレ(漫画:二ノ宮知子 講談社)』はご存知でしょうか。まさにあの雰囲気でしたが、男子は少なく、音楽教育科では私のクラスにだけに男子が在籍していました。彼らの中には劇団四季の指揮者になったり、編曲家になったり、私と同じように音楽の先生になった人もいます。音楽と全く関係ないことをやっている人もいます。女子は卒業後、音楽の教員か、ピアノの先生になった人が多いと思います。

ー浦部さんご自身は、卒業後はピアノの先生の職に就いたんですか?
そうです。実家に戻り、大手の音楽教室で、ピアノの先生や、幼児クラスのリトミックの先生を担当しました。
その音楽教室では、ただレッスンをするだけではなくて、担当している子どもたちがグループで舞台を作り上げて発表会をする、ということをやっていたんです。発表の内容はそれぞれの先生に任されているので、私が子どもたちの舞台をストーリー仕立てに作り上げて曲をアレンジして、どの場面でどの子にどんな演奏をしてもらうのか、子ども一人ひとりのレベルに合わせてどう演出するかを考えました。それにすごくやりがいを感じていたんです。子どもたちにとっても、そういう経験はすごく自信につながったり、楽しいと思えたりしたんじゃないかな、と今でも思っています。
大学卒業したてで、子育ての経験もないのに大切なお子様を預かって、親御さんに見守られながらのレッスンや発表会はただただプレッシャーを感じていましたが、その後自分も結婚して子どもを授かって、親御さんと同じ目線に立って、初めて分かることがありました。親ってこんなに大変で、子どものことをすごく思っているのに、気持ちばかりが先走って空回りしてしまう…。親も子どもと一緒に成長していくのだなぁ、ということを思いました。

浦部先生の奏でる音楽に合わせて親子で行進!(0歳児リトミック)

ーお子さんの誕生の話になりましたが、その後音楽との関わりはどうなっていくのでしょうか。
京都の実家でもピアノを教えていたのですが、結婚を機にまた東京に行くことになったので、仕事はすべて辞めることになりました。その時の生徒さんは信頼できる先生に紹介して、お別れとなりました。悲しいけれど仕方がなかったですね。
その後、子どもを2人出産しました。子育てに専念する毎日でしたが、しばらくして子どもが幼稚園に通いだして、幼稚園で知り合ったママさんが、なんと同じ音大の出身だったんです!私より少し先輩で、その方との出会いがシュシュでリトミックの先生を始めるきっかけになったんです。
当時はまだシュシュが発足して間もない頃だったかと思いますが、「シュシュでリトミックをやってほしい!」という利用者さんからのリクエストがあり、その先輩経由でお誘いを受けたんです。そのとき私は子どもが小さかったので、一度お断りしたんですが「今やらないと音楽をまた始めるきっかけがなくなるよ!」という強い声がけをいただいて、踏み出すことができました。子育てで大好きな音楽から離れていること自体に不安を感じていたので、また音楽の世界に戻ってこれたんだ、と安心できました。私にとって本当にありがたい場所で、年々感謝の気持ちが増しています。

ーシュシュでのリトミックももう長いこと携わっていただいておりますが、そもそも「リトミック」というのは何を目的としている音楽教育なんでしょうか。
もともとスイスの作曲家、音楽教育家(エミール・ジャック=ダルクローズ)の発案でできた音楽教育です。いろいろな音楽に触れながら、音感を養ったり、リズムに合わせて体を動かしたり、ボールなどの道具を使ったり、音楽を聴いて表現をしたりすることで、自己の音楽表現を可能にすることを目的とした音楽教育です。幼児から高齢者まで対象となる音楽教育ですが、幼少期にピアノに先立つ音楽をやらせたいという方にとっては、始めの一歩になるのではないかと思います。
幼児にリトミックをさせる場合、親御さんはまずご自身が音楽を好きでいてくださり、それをお子様と一緒に楽しみたいという気持ちを持って接してくださることが一番です。そうすると、お子さんも自然と音楽が好きになっていく。教えていてそんなふうに感じます。今のお子さんは、小学校に上がると他にも習い事を始めて、とても忙しくなる子も多いと思いますが、リトミックは親御さんがお子さんに最も目をかけてあげられる幼少期に、親子で一緒に参加できて、そのことで効果が上がる習い事だと思います。

シュシュリトミックで「かえるのうた」を歌う浦部さんー小さいうちは「親子で参加する」ということに意味があるんですね。先生は、シュシュでのリトミック以外にも、ピアノを教えていらっしゃいますよね?
そうですね。以前シュシュでリトミックに通われて、その後私のピアノ教室に来ていただいているお子さんもいらっしゃいます。小さい頃から見ているお子さんが、日々成長していく姿を見られるこの仕事は、本当に幸せだと感じています。

ーピアノは練習しないとうまくならないので大変ですよね。先生は教えるときにどんなことを心がけていらっしゃいますか?
大学を卒業してすぐの頃、自分がやってきたことを全部伝授しなくてはと思い少しだけ厳しく教えていた頃もありました。若気の至りです(笑)。それに対して、のんびりしている生徒さんや練習をしてこない生徒さんもいます。そんな生徒さんには「練習しないとうまくならないのよ」と常に言っていたのですが、それは正論であっても、練習することがすべてではないことに後から気がついたんです。ピアノは、生活に必要ではないので、習わなくてもいいものなんですが、わざわざ時間をかけて習いに来てくれている、それだけですごいと思いませんか。親御さんがお子さんに音楽をやらせてあげたいという愛情もありがたいことだと思います。だから、私のところに習いに来ている時間はせめて楽しい時間になるよう、教えています。私自身、音楽やピアノが楽しくなければ絶対にここまで続けられなかったですし。もちろん、レベルが上ってくると、練習は必要ですが、そうであっても好きじゃないと続かないんですよ。なによりも、生徒さんには、ピアノと一生の友だちでいてほしいですから。

ー確かに楽しいと思えないとなかなか続けられないですものね…。先生からは、好きなことを楽しんで続けてきた力強さを感じます。今、中高生でピアノや音楽を習っていて、将来どうしようか迷っている子にメッセージがあれば、お願いします。
ピアノの先生になりたいなら、それなりに勉強しなければなりません。進学する学科にもよりますが、演奏だけではなく、ソルフェージュや楽典など、勉強が必要になります。でも、ピアノを好きで続けられたら、それが一番素晴らしいことだと思います。好きであればもっと続けられるし、続けているからこそ、さらに具体的に自分が好きだと思えることに気づけたりもします。でも逆に、続けていると今度は違うことに目を向けたくなることもあるでしょうね…。音大に進むとか、ピアノの先生になるとか、そういう未来でなかったとしても、今ピアノを続けていれば、生涯、ピアノとはずっと友達でいられます。そして、続けることで周りからアドバイスをもらったり、アプローチをしてもらったり、“音楽でのつながり”ができます。続けることと、そしてつながること、これは私のモットーでもあります。

メロディ ~だいすきなわたしのピアノ~という本を紹介する浦部さんー続けること、つながること、というお話をいただきましたが、先生が宝物にしている本にまさにそんな物語がありますね。音楽を習ったことがある人や、音楽をお子さんに習わせている親御さんにお勧めの絵本があるとのことで、ここで紹介していただきましょう。
『メロディ ~だいすきなわたしのピアノ~(くすのきしげのり作 森谷明子絵 ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)』という本をご存知でしょうか。ある小さな女の子の家にピアノがやってくるんです。毎日毎日ピアノを練習するんですが、だんだん大きくなるにつれて女の子は忙しくなって、高校生の時にはピアノにふれる時間も少なくなってきます。そして女の子は遠くの大学にいってしまい、ピアノはもう弾かれなくなって工場へ行ってしまうのですが…その後、感動のエピソードが続きます。この女の子のように、昔ピアノを弾いていたけれど今はほとんど弾いていない、という方はたくさんいらっしゃるかと思うんです。そんな方が読まれると、心にものすごく響くのではないかな、と思います。私は先生として、生徒さんが音楽を続けられて、音楽でつながって、音楽が一生の友だちになってくれるといいなと思っていますが、そんな気持ちを込めて、この本を皆さんにお勧めしたいと思います。

ー最後に、先生ご自身の将来について、お聞かせください。
私は、いつまでできるかわかりませんが、リトミックやピアノを教えることをみんなから必要とされているならば、歳をとっても、できる限り頑張って続けていきたいと思っています。将来私がヨボヨボになってしまったら(笑)、その時はお年寄り同士でリトミックが楽しめるじゃないか!とも思いますし、今はコロナ禍でできませんが、みなさんがどこかで歌を歌うときに私が曲のアレンジをしてお役に立てればいいな、なんてそんなことをいろいろと考えます。私は、この先もずっと、一生音楽と関わり続けていきたいと思っています。

ーすてきな未来ですね。今後の浦部先生のご活躍が楽しみです!お話をありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました!

盛況だった浦部さんのインタビュー会場おまけ:観客の方からのご質問
ー浦部先生は「続けることが大事」とおっしゃいましたが、子どものピアノレッスンは週1回程度で、あとは家で練習させることが必要かと思いますが、その時に親がどう向き合ったらいいでしょうか?

いろんな生徒さんを見てきて言えることは、親はうるさく「やりなさい」と言ったら絶対ダメなんです。楽しんでやっている方は、親御さんが上手に見守っていらっしゃいます。特に、親御さんご自身がピアノの経験者の場合、「それじゃダメ、もっと練習しなさい」と言いがちなんですが、一音弾いただけでも「すごいね」と言ってあげられるくらいの応援団でいてほしい、というのが私からのお願いなんです。少し間違っても大丈夫。他のお子さんと比べてはいけないと思います。その子その子のやり方がありますので。そしてピアノをすごく嫌がっていたら、それは無理やりやらせるべきではないとも思っています。やはり好き嫌いがありますので。他にやりたいことがあるのにやりたくないピアノをやらせるのは不必要かなと思います。まずは、ぜひ“見守り隊”になってほしいですね。